共同代表
 洪敬義(社会活動家/在日3世)
 朴香樹(翻訳家、北朝鮮人権活動家/韓国在住在日3 世)

副代表
 John Park(国際人権活動家/韓国系カナダ人)
 合田創(北朝鮮帰国者の記憶を記録する会/日本人)

理 事
 金英俊(会社役員/在日2世)
 方成敏(会社員/韓国人ニューカマー)
 高柳俊男(法政大学教授/日本人)
 李京優(会社員/脱北帰国者2世)
     ※事務局長

監 事
 林範夫(日本弁護士/在日3 世)


 連絡先(Email):freetomovenk@gmail.com

敬義
会社員/在日3 世

 F2Mの共同代表で、在日コリアン3世です。
 幼稚園から大学まで日本学校に通い、卒業後に朝鮮総連の専従活動家として20数年勤務しました。
 主に在日コリアンの人権保障と権利獲得活動に従事してきましたが、朝鮮総連組織内の民主化を求めて活動したことにより除名処分されました。
 朝鮮総連の活動期間中に北朝鮮を20回近く訪問する過程で、厳しく統制・抑圧された住民たちの生活に触れることにより、いつかはこの状況を改善しなければならないという思いを強くしていました。
 この度F2Mを設立したのは、当時の気持ちを具体的な活動により実践していこうと決意したからです。
歴史の加害者にならないために、いつもその被害者と弱者と共に歩みたいという思いを持ったメンバーたちがこの活動を支えています。そしてこの活動が国家と権力に翻弄されない次世代育成の一助になることを確信しています。

香樹
翻訳家、北朝鮮人権活動家/韓国在住在日3 世

神戸で生まれ育った在日3世です。幼稚園から高校まで朝鮮学校に通いました。
青山学院大学大学院卒。
1998年から韓国在住、韓国人の夫と家庭を築いています。
韓国で多くの脱北者や北朝鮮人権活動団体と出会ったことをきっかけに、2015年頃から韓国のYouTube、テレビ番組、ラジオ等に出演し、自分の経験や収容所に送られた親族の話、北朝鮮人権に関する発言を続けてきました。
数多くの脱北者を直接インタビューし、彼らの証言に日本語字幕を付ける仕事や、日本語・英語による情報発信、日韓のNGO団体をつなげる役割や共同プロジェクトの橋渡し役をつとめてきました。本業は通訳・翻訳です。
この度、Free To Moveの立ち上げに関わり、共同代表を務めることになりましたが、引き続き日韓及び世界中の北朝鮮人権団体と力を合わせ、北朝鮮で苦しい状況に置かれた人々のために祈りと知恵を集め、新しい流れをつくり出す活動をコツコツ続けていくつもりです。

John Park
国際人権活動家/韓国系カナダ人

우연히 밟은 일본 땅에서의 생활이 벌써 10년이 됐네요! 캐나다 밴쿠버에서 왔구요, 지금은 오사카부의 아래 동네 야오시에서 50여명의 탈북민들과 이웃하며 지내고 있습니다! F2M은 자유왕래를 위한 모임이지만, 보편적 인권의 일면을 부각하기 위한 이름이라 생각합니다. 작은 한 걸음이지만, 자유왕래의 실천을 통해 따뜻한 인류애가 넘치는 세상이 올 때 까지 함께 하시길 부탁합니다!

I participated in F2M with the desire to make the world we live in a little bit better!
It's already been 10 years since I happened to walk in Japan! I'm from Vancouver, Canada, and now I live in Yao City, a southern neighborhood of Osaka Prefecture with about 50 North Korean defectors!
F2M is a group for the freedom of movement, but I think it's a name that highlights one aspect of universal human rights.
It's a small step, but I hope that you will stay with us until the world is full of love for humanity through the practice of “Free To Move!”

私たちが生きる世界を少しでもより良い場所にしたいという気持ちでF2Mに参加しました!
偶然に踏んだ日本での生活がもう10年になりましたね! カナダのバンクーバーから来て、今は大阪府の下町、八尾市で50人余りの脱北者と隣り合って過ごしています! F2Mは自由往来のための集まりですが、普遍的人権の一面を浮き彫りにするための名前だと思います。
小さな一歩ですが、自由往来の実践を通じて、温かい人類愛があふれる世の中が来るまでご一緒してくださいますようお願いします!

合田
※副代表

会いたい人の顔を見る。
話したい人と自由に語り合う。
好きな人と一緒に食事をする。
〈自由往来〉は人権である。
自由に対する制限は、人権抑圧だ。
人権抑圧はどんな理由でも正当化できない。
人権に例外はなく、人権は世界中つながっている。
さらなる「分断」を許さないために、まずはとにかくなんとしても自由往来をめざしたい。

英俊
会社役員/在日2世

ベルリンの壁とソ連邦の崩壊、東西冷戦の終結からはや三十数年――。
世界は徐々に自由、民主主義に向かうと信じていました。そんななか、北朝鮮の世襲軍事独裁だけは揺るがすことの出来ない、あまりにも特殊な国だと思い、その普遍性のなさに深い諦念を抱いて生きてきました。
しかし最近の世界を見渡すと、民主主義国はわずか60ヵ国、権威主義国は119ヵ国に達し、中国、ロシアをはじめ全体主義国の横暴が猛威を振るい、その他の専制主義国も含め、まるで北朝鮮の世襲軍事独裁国を見習うかのような事態が世界各地で起きています。
その余波を受け、香港、ミヤンマー、ウクライナ、ウィグルなど世界各地の多くの国や地域で民主主義は危機を迎え、特に中ロ朝の隣国である韓国や日本も地政学的な脅威にさらされています。
北朝鮮の自由、人権、民主主義に反する世襲軍事独裁は世界的に見て、もはや人類の普遍的な共通の課題として重くのしかかってきているのです。そんななか、アジアで数少ない民主主義国であり、最も近い隣国でもある韓国と日本は、過去の様々な歴史問題や偏狭なナショナリズムを果敢に乗り越え、民主主義を守り抜く橋頭保としての役割を担っていかなければなりません。
私たちは臆することなく、発想を大胆に転換し、「世界人権宣言」と「国際人権規約」の実現に向けて活動を続け、いつの日か北朝鮮において自由、人権、民主主義を成し遂げた暁には、世界と人類に多大なる貢献を果たせるという信念を持ち続けなければなりません。
私も微力ながら、その偉業に貢献していきたいと思います。
千里の道も一歩から――。

成敏

1963年、韓国ソウル生まれの60歳です。韓国の大学を卒業後に日本に留学し、大学院で老人福祉を専攻しました。
韓国のPOSCO JAPANで15年間勤務し、現在は、ゴルフリゾート関連会社に勤めています。
韓国で生まれ育っただけに同民族である北朝鮮住民が経験する困難に対して特別な思いを持ってきました。
彼・彼女らの人権の改善は韓半島の平和にとって不可欠な問題であり、微力ながらFree2moveの活動に加わることで、その思いを具体的な行動に示していく所存です。

高柳 俊男
法政大学教授/日本人

大学1年次に、当時の在日朝鮮人(総称)が発行していた雑誌『季刊 三千里』と出会い、そこに書かれていたNHKに朝鮮講座開設を要望する署名運動に参加したことが、私の朝鮮との関わりの第一歩でした。それ以来、日本と朝鮮半島間の歴史、すなわち海峡を越えた人々の往来や交流、相互認識などについて研究しています。とりわけ、近現代史の中で形成された在日朝鮮人の歴史や文化、日本人・日本社会との関係について、強い関心を抱いています。
その際、1959年から9万3,000人余りの在日朝鮮人やその日本人家族が、見知らぬ土地である北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ渡っていった北朝鮮帰国事業は、欠かすことのできない大きなテーマと言えます。ただし従来、その歴史への冷静な考察や、渡航した人々のその後への人道的関心は、学問的に十分なされてきたとは言い難いのではないでしょうか?
かつて韓国民主化運動や在日韓国人政治犯とされた人々に注いだのと同じ視線で、北朝鮮の体制や北朝鮮への帰国者を見つめること、言い換えれば自らの思想的立場やイデオロギーにしばられず、南北朝鮮を同じ視野で普遍的に眺めることこそ、いまいちばん大切なことではないでしょうか?
そうした気持ちから本会に参加し、微力を尽くしたいと思っています。

京優

私は日本から帰国した在日朝鮮人夫婦の次男として北朝鮮で1979年8月に生まれました。
幼少の頃から日本の親戚の援助のおかげで厳しい北朝鮮社会の現実を経験することなく成長しました。
しかし私自身の生活は安定的であったにもかかわらず、そうではない友人たちと共に過ごし、彼らの貧困を共有しようと努力しました。
このような経験から困難に対する理解と忍耐力を学びました。
 成長と共に、良心が在日朝鮮人帰国者ということもあり、北朝鮮社会での限界を悟るようになり、この社会での未来を描くことができないと感じるようになりました。
 そして、北朝鮮での人生に終止符を打つために、2008年の夏に妹と共に死を覚悟して脱北して日本に来ました。
 日本に来てからは一生懸命に勉強して生活も安定してきましたが、故郷である北朝鮮の友人たちの置かれている状況に罪悪感を感じ始めました。
 彼(女)らは厳しい状況下で生活しているのに比べ、私はあまりにも平安な日常を過ごしているなと思うようになり、彼(女)らのためにも北朝鮮の人権を改善しなければならないと決心するに至りました。
 2011年からは毎年中国に出張に行くようなったことが契機となり、中朝国境地帯を視察しながら自分なりに北朝鮮の人権について研究をしてきました。
 そういう時に「Free2move」という団体を知るようになり、積極的に関わるようになりました。
 自分ひとりの努力だけでは限界があり、多様な知識と経験をもったメンバーたちと活動することにより、北朝鮮の人権をより効果的に改善させることができると信じております。
 今後、「Free2move」の活動に積極的に関わり貴重な経験を積みながら、北朝鮮の抑圧された同胞を救いたいと思います。

範夫
日本弁護士/在日3 世

1994年4月に弁護士登録した在日コリアン3世の弁護士です。
大阪弁護士会に登録すると同時にソウルに留学し、韓国語と韓国家族法を学んで戻ってきました。以来、約30年間、大阪で弁護士として活動しています。
1994年の南北関係は北朝鮮の核開発疑惑をめぐって大変に厳しい状況にありました。米第7艦隊の原子力空母が韓国に派遣され、迎撃ミサイルが都市に配備されるなど、まさに一触即発の状態でした。自国に急遽帰国する留学生・駐在員やその家族が多数いて、戦争の危険を初めて肌身で感じました。
 7月には金日成が死亡しました。朝鮮戦争を経験したお年寄りはどのように思っているだろうと、よく利用していたクモンカゲ(街の小さなよろず屋さん)のハルモニ(おばあさん)に質問してみました。「統一した朝鮮を見せてあげたかった。あの人がいちばん統一を望んでいた」との回答に、「ああ、韓国と北朝鮮は同じ国だったんだなぁ」と本国で生まれ育ったハルモニの言葉に感動しました。
 しかし、南北はいまだに分断されたままです。往来は厳しく制限され、朝鮮戦争による離散家族、脱北者と北朝鮮に残されたままの家族、拉致被害者とその家族、多くの人たちが生き別れの苦痛の中にあります。移動の自由は、身体の不当な拘束からの自由ですし、場所的に移動して知見を広める人格的価値を有する重要な人権です。家族に自由に会えることは、まさに人格の核心をなすものでしょう。
 いかなる政治体制、統治システムをとっているのであれ、このような移動の自由は、しっかりと保障されなければならないと思います。一足飛びに統一できなくても、人の往来はできるだけ保障できないものか、そう考えてF2Mの理念に賛同し、役員に名を連ねることになりました。